保護犬だった愛犬Lailaの死から約1年経って思うこと

最近忙しく久々の投稿になってしまったが、2024年3月15日は、インドで引き取ったLailaという愛犬の命日だった。今回はLailaの話を書き留めておきたい。 






Lailaが産まれた時の話

私の今の厩舎エリアに放置自動車があり、そこで去年ポロシーズンのためにハイデラバードから来たポロ選手の友人が飼っているベルジアンマリノアの犬が出産をした。どうやらジャイプールにいる時に野良犬と交配してしまったようで、気付いた時には遅くそのまま出産させることになった。産まれたのは2023年11月14日で4匹。産まれた時、私は一時帰国中で北海道におり、厩舎のグルームからの一報で知った。

産まれて2週間くらいの仔犬達

1匹は産まれて暫くして死んでしまったが、残りの3匹はすくすく成長した。1匹はすぐに隣の厩舎のポロ選手に引き取られ、もう1匹は私の厩舎のマネージャーが引き取り、シーズンが終わったら実家に持ち帰ることになった。最後に残ったのが私の愛犬となるLailaだった。

誰も引き取り手がなかった場合には私が引き取りたいと思っていたものの、コーチは全く乗り気ではなく耳を傾けてくれなかった。犬を飼うことは私1人だけで決められる訳ではなく、一人暮らしで毎日会社への出社も必要で、犬は厩舎に置いておくしかないため、強くお願いできなかった。それが故、自分の犬のように可愛がるのは止めた方がいいのか、自分の中で葛藤があったが、その放置自動車が私の厩舎テントの真裏にあり、寒い冬に焚き火をしているとブルブル震えた仔犬達がやってくるようになり、そんな仔犬達を放おっておくことは出来ず、膝の上で温めてあげる日々が続いた。

Lailaが正式に愛犬となった日

お母さんの犬種はベルジアンマリノア。お母さんと一緒できっと頭がいいに違いないと思い、少し大きくなって走り回れるようになった時に、オヤツを使ってトレーニングを開始した。数時間でHigh Five、お座りや伏せをやってみせた時には驚いた。他の成犬達のマネをして、他の犬や不審者に吠えることも覚えていた。

そして2023年2月8日、私はLailaを引き取りたいと口に出すのをもう諦めていた時、夕方の騎乗の連絡をするためにお昼休みにコーチに電話をした。もうこれを最後の最後だと思い、ダメ元で『Lailaを厩舎に残しておいたらダメ?』と聞いたら、呆気なく『Laila正式に引き取ったよ!』と言われた。え?いつの話よ?と聞いたら、『今日、さっき』と言われた。いや、そうゆう重要なことは先に報告して欲しいんだけど…と思いつつ、インド人のコントロールなど不可。一応、あれだけLailaのこと嫌ってたのに何でいきなり?と聞いたら、『頭いいから』…という答えが返ってきた。いろいろ言いたいことは込み上げてきたが、結果オーライ。コーチには、『Lailaは私のだからね!』と念を押し、Lailaは晴れて私の愛犬となった。

Lailaが正式に私の愛犬となった日に撮った写真。

引き取った時にはLailaは3ヶ月。この頃には体力もついていて、厩舎から500mほどあるグラウンドまで馬達に付いて成犬達とセキュリティガードとして一緒に付いて来られるようにもなっていた。先住犬のコーチの犬、厩舎マネージャーが引き取ることにしたLailaの兄妹のSimba、そしてLailaの3匹での厩舎生活が続いた。

馬達のガードとして3匹で一緒に歩いている様子。この写真はこのブログのトップページとしても使っているお気に入り。

Lailaの死

しかし、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。2023年3月8日のインドのホーリーの休みの時、スリランカで病んでいた友人を想い3日だけスリランカに遊びに行った。スリランカから戻って厩舎に着くと、いつも駈け寄ってくるLailaが来ない。毎日厩舎に着いたら、必ずLailaには、Sit -> High Five -> Downの合図をしてオヤツをあげていたのだが、その日はそれが効かなかった。絶対おかしい。

ここ数年、厩舎で周りのポロ選手たちの犬がダニ熱で亡くなっていた。その時の記憶を辿り、少しでも心配があるのであれば病院に連れて行き、絶対に手遅れにしちゃいけない思い、Lailaを病院に連れて行った。体温は106°F (約41度) もあった。点滴をしてもらい、次の日も点滴に来るように言われ厩舎に戻り、厩舎では病院で買ったwet foodを食べてくれた。

そんな病院通いが3日間続いた。先生に助かる?良くなる?と聞いても反応は鈍かった。私の今までの経験でも、頭の中では何となく助からないことが分かっていた。こうゆう時が一番辛い。厩舎から15~20分もかかる病院に車で行って体力を消耗させ、点滴させることがLailaにとって良い選択なのか分からなかった。でも一筋の光があるのであればと思い、諦めないことにした。

そして、2023年3月15日の朝、コーチから電話がかかってきた。会議中であったが、当時コーチと馬のことで大喧嘩して数日口を聞いていなかったため、コーチからの電話はLailaのことであろうと察して電話を取った。朝8時にご飯は食べたが、その数時間後、厩舎のテントの前で横たわって動かなくなっていたと連絡が入った。

Lailaに最後会わせて欲しいから、午後私が来るまで埋めないで欲しいとお願いをしたが、3月半ばともなると北インドは暑くハエがたかる。このまま置いておけないということで、厩舎のグルームがいつもLailaが座って馬達を眺めていた場所にお墓を作って埋めた。逆に、最後Lailaに会えなかったのが良かったのかもしれないが、今でもLailaの名前を呼ぶとどこからか出てきてくれそうな感覚がする。

当時、あの時スリランカにさえ行ってなければ、或いはきちんとダニ熱対策や予防接種をしていたら….と何度も後悔して自分を責めた。生きようとする力が強かったLailaは、どんな状況でもご飯をしっかり食べていたが故、ダニ熱にかかっていることが周りに気付かれにくかった。

最後に…

月日が流れるものは早いもので、Lailaの死から1年も経ってしまった。2月~3月のこの時期は大麦が採れるため、パドックには馬のエサ用に購入した大量の大麦を敷き詰めている。去年はLailaがこの上を走り回っていた。もうそんな時期か…と思い、2024年3月15日の命日には、Lailaのお墓に花束を添えた。

Lailaを失ってから、またいつかいい出会いがあったら、行き場のない犬を引き取りたいと考えていたものの、いつもLailaのことを思い出してしまい、重い腰は今でも余り動いていない。でも、厩舎の先住犬は、Lailaを失ってから一人ポツリとゲートを見つめて佇んでいることが増えた。その後ろ姿は誰かを待っているようで、心が痛む。今は、この先住犬のために新しい遊び仲間を見つけてあげたいと思っている。

最後まで読んで頂き有難うございました🙏



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