裏切りと喪失のあとに…3ヶ月後の再出発として出場したポロの親善試合

このブログで2026年6月にJaipur Polo Ground(JPG)が中央政府によって接収されたというニュースを記載した。振り返れば、2026年3月に3か月ぶりにぶっつけ本番で出場したインド軍とのポロの親善試合が、結果的にJPGでの最初で最後の試合になってしまった。しかもその試合は、約3か月間ポロから離れた後、練習もできないまま臨んだ“ぶっつけ本番”の復帰戦だった。なぜ私は3か月もの間ポロから離れていたのか。そして、どのような思いでその親善試合に出場したのか。JPGでの最初で最後の思い出として、ここに記録として残しておきたいと思う。






3か月のポロの休止

インドでは「手を貸すと腕を取られる」と聞いたことがある。まさにそんな出来事が2025年12月に起きてしまった。JPGでの試合に出場するまでの3か月間、私はポロそのものではなく、人との信頼関係への怒り、そして自馬を手放さなければならないかもしれないという現実を受け止めることで精一杯だった。

私には、長年にわたり維持費を負担し、自馬として大切にしてきた2頭の馬がいる。1頭は譲り受けた馬であり、もう1頭も私のために確保されていた馬だった。そこには、相手が苦しい状況にあった時期の経済的支援も背景にあった。私自身、その前提を疑ったことはなく、これまでの会話やメッセージのやり取りからも、その認識は共有されているものだと思っていた。

しかし数年後、その認識は突然覆された。馬は私のためのものではあるが、所有権は譲渡していないという説明を受けたのである。そして、私が支払ってきた多額の費用も、単なる維持費に過ぎないと言われた。家族ぐるみの付き合いをしてきた相手だっただけに、その衝撃は大きかった。何年もの間信じてきた関係性や約束が、相手にとっては全く違う意味だったことを知った。

私自身は自分の認識が間違っていたとは思っていない。残されたメッセージやこれまでの経緯を振り返っても、その考えは今も変わらない。ただ、状況を冷静に見つめ直して、悩みに悩んだ末、私が出した結論は所有権を争わないことだった。その2頭を手放すということ。長年大切にしてきた馬たちであり、チームメイトであり、自分の馬だと信じて疑わなかったからこそ、その決断は何よりも苦しかった。

手放すと決めた後も問題は続いた。これが単なる個人の問題なのか、それとも文化の違いなのか、今でも正直なところ分からない。ただ一つ確かなのは、インドで生活し、ビジネスやスポーツを続けていく上で、日本で培った感覚だけでは自分を守れないということ。

この経験は辛いものだった。でも同時に、自分自身の甘さや思い込みを見直すきっかけにもなった。そして、その経験があったからこそ、もう一度立ち上がり、3か月ぶりにポログラウンドへ戻ることには特別な意味があった。

ぶっつけ本番で出場したJPGでの親善試合

2頭を失うことを受け入れた後も、私には1頭だけ大切な愛馬が残っていた。このブログでも書いているが、その馬は一度生死の境を彷徨い、私はすでに引退させるつもりでいた。2025年10月からは完全に現役を退き、余生を穏やかに過ごしてもらうつもりだった。

でも不思議なことに、私の身に起きた出来事を察したのか、日に日に元気を取り戻していった。落ちていた筋肉は戻り、体つきも見違えるようになった。そして何より、パドックでは5歳馬のように走り回るようになった。まるで「まだ終わってない」「あんたには俺がいる」と言われているようだった。

そんな愛馬に背中を押され、私は諦めるのをやめた。来シーズンに向けて、また馬を探そう、もう一度ポロをやろう。そう決意した。

そんな時だった。

インドポロ協会から、馬を預かってもらっている厩舎オーナーさんに「親善試合に出場できる女性プレイヤーを探している」という連絡が入った。「出てみる?」と声をかけられた。しかし時期はすでに3月後半。シーズンはほぼ終了しており、多くのプレイヤーは馬を休養に入れていた。クラブのプレイヤーたちもジュニア選手権のために馬を貸し出しており、私が借りられる馬を見つけるのは簡単ではなかった。

最後の頼みの綱だと思い、あるプレイヤーに連絡をしてみた。すると驚くほど早く、「もちろんいいよ!」と、返事が返ってきた。

こうして馬を借りられることになったのは、本番のわずか1週間前だった。

数日後、そのプレイヤーのファームを訪れ、試合に連れていく候補の馬の何頭かに試乗させてもらった。翌日が本番だった。前日まで、誰が出場するのかも知らされていなかった。当初は女子だけの試合を予定していたようだが、人数が集まらず、結果的にインド軍と女性プレイヤーによる混成チームでの親善試合となった。

しかもこの試合は、その1時間後に行われる10ゴールトーナメント決勝戦の前座試合だった。当日はJindal Steel関係者をはじめ多くの招待客が訪れ、会場は非常に賑わっていた。もちろん条件は厳しかった。

3か月ぶりの騎乗
3か月ぶりのマレット
そして、一度も乗ったことのない馬。

ミスも多かったし、反省点ばかりだった。それでも、自分にできることは全てやった。この試合の本当の意味は結果ではない。もう一度ポロのフィールドに戻ること。そして、後に本当に最後となってしまったJPGのグラウンドでプレーできたことだった。

新しいプレイヤーたちとの出会いもあった。そして何より嬉しかったのは、たくさんの友人たちが応援に来てくれたこと。私の手の届かない所に行ってしまったインド移住時からのプロのフォログラファーの友人も撮影に来てくれた。外国人である私よりもインド人の方が少ないのではないかと思うほど、多くの仲間が集まってくれた。失う縁もあるけれど、それ以上に支えてくれる人たちがいる。あの時、自分は多くの人に支えられてここまで来たのだと改めて感じた。

最後に..

この試合をきっかけに、私は再びポロへのモチベーションを取り戻した。その後、新しい最高の牝馬との出会いにも恵まれた。18歳になった愛馬も、一度は引退を決めたものの撤回。今シーズンが最後の最後だけど、もう少しだけ一緒に走ることにした。

4月と5月は若い馬を持つプレイヤーたちとミニゲームを続けていた。1年半近く実戦から離れていた愛馬はブレーキこそ効かないが、相変わらず豪快にゴールを決めてくれる。今月にはもう1頭も見つかって、今は3頭に増えた。

振り返れば、この数か月は失うものばかりだと思っていた。ここにも書いている通り、外国人で女性がインドの地でポロをすることは容易ではない。失ったものもあったが、それ以上に新しい出会いがあり、新しい仲間ができ、新しい未来が見つかった。きっと女性の強さは、「上書き保存」ができることなのだと思う。今の私は、不思議なくらい前向きだ。そして、今シーズンが楽しみで仕方がない。

最後まで読んで頂き有難うございました🙏



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