17歳を目の前にして愛馬を襲った病気 (疝痛・蹄葉炎) と、ポロ馬引退の決断

骨折して馬にまた昔のように乗れるか分からなかった2020年夏に迎え入れた私の一番の愛馬、Tysonが2024年11月23日にガス疝痛からの蹄葉炎となり生死を彷徨った。2月に17歳になる時であったため、いつポロを引退させようかと悩んでいた矢先の出来事。今後乗ることは難しく、ポロ馬としても引退ということになってしまったが、今回は、病気の備忘録と、今までの私のポロを支えてくれた感謝の気持ちを込めて、この記事を書きたい。自馬を持っているオーナーさんの参考にもなればと思う。






病気になるまでの経緯と治療

2024年10月14日の練習試合の次の日、Tysonの右前肢が少し跛行していた。練習試合中にもし何かが起こっていたとすれば、ボールが脚に当たったことくらいしか考えられなかったが、休ませることになった。休養から2週間した11月2日、前肢はほぼ跛行が見られない状態だったが、この日、左後肢を地面に叩きつけるような動きをしたり、ポールにこすりつけるような動きをしたりしており、確認したら蹄叉の隙間にウジ虫(マゴット)が見えた。涼しくなって乾燥した日が続いていたため、この季節のウジ虫の原因は何だったのか…

ウジ虫はすぐ治り、私は11月6日~16日にビザ切り替えのために一時帰国。跛行も無くなっていたため、この期間中にグルームがトロット運動を再開。帰国して私も乗ってみたが、早朝で寒かったのか後脚をブルブル震わせていて、乗っても後肢が少し弱く感じた。一応コーチにも見てもらったが、跛行はなかった。長いこと休ませていたからかなとも思いつつ、どこかいつもの力強いTysonを感じなかった。乗り始めて3日目、トロットをして筋肉を戻すことに注力したこともあってか、少し力強さが戻って踏み込みも良くなったと感じた。

次の日の朝、2024年11月23日。厩舎に着くとTysonがパドックにいて寝転がっている。グルームに聞くと昨晩23時時点では問題なかったが、早朝から疝痛で苦しんでいるとのことだった。お腹を見ると右のお腹がかなり出ていてガスの疝痛だと分かった。いつも座ったり寝転がって寝ている所は滅多に見ないため、そうしている時は危ないと分かり易い。歩かせてガスを出させ、注射と点滴をしてこの日は様子を見ることに。しかし、ずっとぐったりしていて次の日も一向に良くなっておらず、お尻からチューブを通して水を入れて腸洗浄をすることになった。そして丸3日経ってガスは抜けて元気に歩いてエサもいつも通り欲しがるようになった。

良かった…とほっとしていた次の日、また右前肢の様子がおかしい。沢山座ったり寝転がったりして捻ってしまったのかと思っていたが、何か様子が変だった。そしてまた次の日。脚を硬直させたような歩き方で、前肢を足踏みするような動きに加え、重心が後ろに倒れかかるような立ち方をしていた。ここで蹄葉炎だと気付いた。めちゃくちゃ泣いた。

蹄葉炎の馬の立ち方はこれらの記事(参考①参考②)、原因はこのYou Tubeが分かり易いと思うが、跛行からの休養→ウジ虫→疝痛→蹄葉炎になったことを考えると、食事量には気を付けていたものの、免疫低下+感染症+運動不足等がいろいろ重なったのではないかと推察している。

蹄葉炎になってから、身体を頑張って支えている動きをして見てるだけで痛々しかった。注射や点滴をして動かさないように馬房に入れて、ご飯は乾草だけで飼料はストップ。馬関係の友人に何が出来るか相談をしていろいろアドバイスをもらった。その中の1つとして教えてもらったのがヒルトンハーブさんで、上記に乗せたYou Tubeでも言及があるが、春の牧草には蹄葉炎の1つの原因になり得る『フラクタン』と呼ばれるイネ科の牧草に含まれる水溶性炭水化物が多く含まれるそうだ。蹄葉炎にならないためには糖質の多量摂取は避けなければならない。従い、牧草や乾草を水やお湯に浸すことで水溶性炭水化物を減らすことができ、ハーブを与えるのも効果があるそうだ。

しかし、このような商品は簡単にインドでは手に入らないため、Tysonの強さを信じるしかなかった。コーチには、治るのに数ヶ月かかるけど死なないから大丈夫だと言われた。この言葉は私を不安にさせないために言っているのではないかと疑っていた。

1本を除いて全ての蹄が熱を持っていが、数日経って薬が効いていたのか、蹄の熱さも残っておりほぼ歩けない状態だったが、ご飯はモリモリ食べるようになった。しかし次の日になると、また様子がおかしい。良くなったり悪くなったりを繰り返して、少し馬房の中で歩くようになり元気になったと思ったら、パタリと食べなくなり、疝痛のようにお腹をひっきりなしに見るようになった。コーチからは、『強い薬のせいで口内炎のようにお腹の中に少し腫れが出来ちゃってるだけだから心配するな。ダヒ(ヨーグルトのようなもの)を数日あげて炎症を抑えればまた元気になる』と言われた。

食べなくなって丸4日経って、また座り込むようになった。厩舎で一番の大食いが食べないということが不安で仕方なかった。コーチには、『これまでいっぱい疝痛や蹄葉炎の馬を見てきた。死ぬか死なないかは分かる。心配するな。』と言われ、こんな経験が初めてな私は本当にそうなのかと不安しかなかった。でも自分の第六感的にはアラートがなかったため、もしかしたら大丈夫なのかもとも感じていたのは確かだ。

そして食べなくなって5日が経過した後、ダヒを飲ませていたこともあってか、パタリとお腹を見ないようになり、乾草のバックを完食するようになった。ダヒの”Indian Way”が効果を発揮したと感じた日になった。馬房に入れていて全然歩いていないせいで脚が腫れてしまっていたが、一番危ない時期は過ぎたのではと感じられるようになった。

ポロ馬引退の決断

Tysonは2月に17歳になった。Tysonが12歳の時、競馬を引退した5歳からずっとTysonのオーナーさんだった隣の厩舎のポロ選手から譲り受け、年齢のことも考えて、今年がもしかしたらTysonと一緒に戦える最後のシーズンかとも感じていた。そんな矢先にこのようなことが起こり、これでTysonはポロ馬引退となった。

丸4ヶ月経った今は跛行が無くなって歩き回るようになり、馬房では隣の馬と喧嘩して蹴り上げることも増えてきたが、今後、自分が乗って歩かせることも負担になるのではと感じている。薬漬けで免疫も落ちていて冬に突入したこともあり、少し毛並みもクッシングっぽくなってこれはまだ治っていない。もう彼の背中に乗せてもらうことは難しいかもしれない。でも、『生きててくれて良かった』と思っている。疝痛で苦しんでいた2日目、大好きなMayaに会いたかったのか、食欲もないのに、馬房を抜け出してMayaの馬房の前でひょっこり立っていた。それがこの写真↓↓

この日から約2ヶ月弱経った2025年1月12日、TysonをMayaと一緒にパドックに放してあげられた。Tysonには喧嘩売らない優しいMaya、2頭で挨拶してまた近くにじっと立っていた。やっとこの日を迎えられて、今は他の馬とも一緒に放せるようになった。

最後に..

Tysonとパートナーを組んで4年半、Tysonに頼ってばかりだったと感じる。でも逆に、一番大切な愛馬だったからこそ、試合中にはプッシュ出来ずにいたことも事実で、今は若い子達と伸び伸び試合が出来ているのは事実だ。奇跡的に、Tysonの最後の練習試合となってしまった2024年10月14日の試合は友人が見に来ており、1枚だけTysonとの写真が残っていた。それが試合終わりのこの写真。 2025年2月5日の17歳の誕生日には、Best Playing Ponyのラグを着せて記念撮影も出来た。これで正式にポロ馬引退。新しいグルームが入ってくる度に一番安全なTysonが練習馬となってくれ、コーチの馬が足りない時にはインド代表の12~14ゴールの練習試合にも何度も出てくれ、今まで1000%の力で一緒に戦ってくれた。これからもずっと一緒、パドックでゆっくり過ごして欲しい。次の目標は長寿サラとしてIndian Book of Recordに名を残すこと!

最後まで読んで頂き有難うございました🙏



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