本トピックvol.1では、インドのポロではサラブレッドの引退競走馬が使われることが一般的という話をした。出来るだけ速く走ることを教え込まれた競走馬を、ポロ競技馬にリトレーニングすることは容易ではない。
今、日本でも引退競走馬のセカンドライフとしての各種馬術への転用が注目されているが、今回は『馬を作る』という視点で、サラブレッドである引退競走馬のポロ競技馬へのリトレーニングの話をしたい。
※内容は個人の知識と経験に基づくものとご理解ください。
① 引退競走馬の購入
インドには国内各地に競馬場がある。ポロ用の馬は、この競馬場のどこからか引退したサラブレッドの競走馬を手に入れる必要がある。引退競走馬は、”OTTB” (Off-track Thoroughbred) と呼ばれる。
インドでは一般的には競走馬は6歳くらいで引退させるが、競馬では大きな脚の長い馬が好まれる傾向にあるため、ポロ馬に適した160cm以下の小柄なサラブレッドは、3~4歳頃に手に入ることが多い。ポロとしても3~4歳頃に手に入れば、1~2年トレーニングを積んで、5歳頃から試合で活躍できる試合馬 (”Playing Pony”)となり、ちょうどいい時期だ。
ポロ競技では牝馬が好まれて使われることが多く、インドでもポロ選手は、引退競走馬の中でも牝馬を欲しがる傾向にある。トレーナーによると、牝馬の方がトレーニングで扱い易く、セン馬は『一か八か』の所がある傾向にあるようだ。しかし、トレーニングが終わっていざポロ馬に成長した後、シーズンに向けたトレーニングでは、セン馬の方が1からトレーニングしなくて済むため楽とも言われている。
② 引退競走馬のリトレーニング
ポロは速く走るだけでなく、急に止まったり曲がったりする動作があり、右に左に走って相手をかわしり、時に相手馬がライドオフでぶつかってくることもある。その前に、目の前で選手によってマレットが振り回される。そんな動作に馬を慣れさせトレーニングしていく必要がある。馬によってトレーニングにかかる時間は変わるが、一般的なステップとしては以下だ。
引退競走馬はインド国内のどこで手に入るか分からず、購入後の移動が南から北まで長距離になることもあり、到着時のコンディションは悪い。従い、まずはトレーニング前の馬のコンディション作りとして、馬をしっかり1ヶ月ほど休ませて食べさせる。この間はグルームによる疝痛予防の並足程度のみ。
もう1つ、ポロでは群れで活動することにも慣れさせる必要がある。他の馬と一緒にパドックに入れたり一緒に常歩することで、徐々に他の馬と活動することに慣れさせる。慣れてきたら段々と触れさせる頭数を増やして行く。
コンディション作りが終わった後は、実際にグルームやトレーナーが乗り、ひたすらトロット運動 (速歩・軽速歩) をし筋力を付けさせる。アップダウンのある場所でもトレーニングをして、特に後ろ脚を強くすることに重点を置く。
一般的な馬術同様の頭絡とハミを付けて、まずは調馬索や常歩やトロットでポロ用の筋肉を付けていく (所謂、ブレイキング作業)。日によってはマレットを持って騎乗して、マレットにも慣れさせる。ポロ選手は基本的にはトレーナーを雇用しており (トレーナー兼ポロ選手は私のコーチくらい)、この段階でのトレーニングは基本的にはトレーナーが行う。
ステップ③が出来た後は、駆け足運動をさせ、駆け足で急にブレーキをかけたり、その場で180度曲がらせたり、フライングチェンジのトレーニングをする。徐々に頭絡とハミもポロ用のものに変えていく。このタイミングのトレーニングでは、ポロ選手自身も乗り、2~3頭の馬とトレーナー又は選手で並走して駆け足も行い、同じペースで走らせたり曲がったりすることも覚えさせる。
ステップ④までが問題なくできれば、いよいよグラウンドでマレットを持ってボールを打つStick & Ballの練習をする。ここでは基本的には選手しか乗らない。
若いポロ馬になりたての馬は、”Green Horse”と呼ばれ、ステップ⑤の後、スピードが遅めの試合形式のグリーンチャッカーに出して慣れさせ、本格的な練習試合や公式試合に出られるように調整していく。
上記のトレーニングが上手くいけばいいが、そうもいかない時は、その馬のコンディションに合わせてトレーニングを戻したり、他のトレーナーが乗ってトレーニング方法を変えたり、ハミを変えたりして試行錯誤する。
③ リトレーニングの難しさ
引退競走馬は割と安価な値段で購入することが出来る。しかし、全ての馬がリトレーニングでポロ競技馬になれるとは限らず、競馬のWinning Horseがポロ転向で活躍するとも限らない。引退競走馬を購入してポロ競技馬に転用することは、ポロ選手にとってはある意味『博打』のようなもの。
ポロ競技馬になれたとしても、『どのレベルか?』という疑問も付きまとう。例えば、私のような底辺選手と、私のコーチであるインドのトップ選手では、乗れる馬が全く違う。ポロの試合は試合のレベルが上がれば上がる程、眼の前で起こることのスピードが早い。私のコーチは、1秒曲がったり止まったりするのが遅くなるだけで試合の命運を分けると言っている。そんなレベルの高い試合で活躍できる引退競走馬に巡り合い、作り出すことはなかなか難しい。
④ クローン馬
ポロの中で最も有名でトップの中のトップと言える選手は、アルゼンチンのAdolfo Cambiaso氏だ。彼自身、”La Dolfina”というポロチームを持ち、世界最高峰の試合の1つであり、世界トップのハンディキャップ+10の選手が沢山集まるアルゼンチンオープンの試合では幾度も勝っている。彼の息子と娘さんも世界トップレベルのポロ選手だ。
そんな彼は、『ポロ選手は70~80%を馬に頼っている』と発言をしている。いかにいい馬を作って乗れるかで試合が左右されるからだ。従い、彼についてもう1つ言及すべきポイントは、『クローン馬』を沢山生産して、そのクローン馬がアルゼンチンオープンで活躍していること。
彼がクローン馬を作ることになったきっかけは、彼のベストホースであったAiken Curaが試合中に骨折したこと。安楽死せざるを得なかったが、彼は今後何かに役立つかもしれないということで、獣医に依頼をしてAiken Curaの身体の一部組織を残しておいた。彼の保有馬でもう1頭クローン化したことで有名なのが、牝馬のCuarteteraだ。
クローンについては賛否両論あると思うが、世界トップクラスのポロでのGame Changerとなっていることは間違いなく、これはトップレベルの馬を作ることの難しさも表している。
最後に…
引退競走馬のリトレーニングから、最後はクローン馬の話まで発展してしまったが、インドではほぼ引退競走馬がリトレーニングされてポロ競技馬となっている。日本では今では競走馬に限らず馬は基本的にマイクロチップ管理となっていると思うが、インドではマイクロチップが入っていても、背中や肩の部分にに生産牧場の刻印がされているのが一般的だ。従い、乗馬クラブやポロ場で見かける馬に刻印があるか見て欲しい。刻印があれば、競走馬だったという証拠となる。
これらの引退競走馬に出会った時、引退競走馬からポロ競技馬や乗用馬への転向のため、長い年月と人馬共々の努力があることを考えてみて欲しい。そうすると、ポロの試合や馬術競技を観戦する際に感動が増えるかもしれない。
最後まで読んで頂き有難うございました🙏
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